幹夫「なあ、蝶野」
蝶野「なぁに、幹夫クン」
幹夫は蝶野に話しかけた。おじさんが電柱にしょんべんしてても気にならないくらい清々しく、誰もが無意識にゆっくり動いてしまうような、普段なら気にも留めない道草を見て「きれいだねぇ」と言ってしまうような、そんな日だった。
そんな陽気に輪をかけて幹夫はゆっくりとぼーっと話し出した。
対して蝶野はそんな陽気に一石の緊張を投じるような緊急性をはらんだ声をしており両者のそれは対照的だった。
幹夫「なあ、蚊にもランナーズハイってあるのかな。いやフライヤーズハイか」
蝶野「そも蚊ってハイになるのかな?」
幹夫「そうだよな、蚊ってハイにならなそうだもんな」
蝶野「うん、蚊ってハイになっちゃいけない生き物でしょ」
幹夫「そうだよな、人間の血がなくなるもんな」
蝶野「そうよ、幹夫クン。蚊がハイになったら人間の血がなくなっちゃうもの」
幹夫「人間がまだいるってことは蚊がハイにならないってことだよな」
蝶野「そう、ちょうど腑抜けた顔して夢中になってしょんべんしてるおじさんがいるわ。おじさんでも人間。つまりおじさんが証左よ」
いつもいつも幹夫に口論で負けている蝶野は今日ばかりは勝ちを確信しひそかにほくそ笑む。
幹夫「…」
蝶野「…?」
幹夫「でもさ、オレ見たんだよ」
蝶野「な、なにを?」
幹夫「潰されて吸った血を壁にまき散らしたのに何食わぬ顔でまだブーンいわして飛んでる蚊を」
蝶野「それって、それじゃあ、まるで蚊にもランナーズハイがあるみたいじゃない」
幹夫「そうなんだよ、これってまるで蚊にもランナーズハイがあるみたいなんだよ」
腹が潰された蚊がまだ飛んでいる…?そんなランナーズハイの最たるランナーズハイのような現象を幹夫が見たと言っている。蝶野は恐ろしく狼狽した。
蝶野「蚊が2匹いて、片方潰したけど片方無事で飛んでただけじゃ…?」
幹夫「いや、蚊が2匹でランデブーしてるとこ見たことあるか?蝶野は」
蝶野「な、ない…かも」
蝶野は追い込まれる。
幹夫「だから、あれってやっぱり蚊にもランナーズハイがあるってことなんじゃないかってさっきからずーっと考えてたんだよ」
蝶野「…」
蝶野は負けた。今日も。
幹夫「なあ、ところでオレおじさんにしょんべんかけられてんだけど、うわ、くっせ…」
電柱の幹夫は今更そのことに気づいた。
蝶野「電柱にもランナーズハイはあるのね」
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