夜勤上等!残業上等!ついたあだ名は寝ずのナース。
とにかく貯金だけはワタシを裏切らない!早期退職して悠々自適な推し活生活。40代からが私の人生だ――!
で死んだ。
……
…
「はっはっは!とってもかわいい女の子じゃないか!口元なんて君にそっくりで愛らしすぎる!」ジョリジョリジョリジョリ。
「だ、旦那様…!あまりジョリジョリやるとご子息の首がもげてしまいます…!」「あ、あなた…っ!」
気が付くとわたしは見知らぬおじさんに猛烈に頬ずりされていた。首がもげそうだった。え、怖い。地獄ってこういう刑があるの?令和って。
……
…
…あ、違う。わかった。
ワタシ、これ、転生できちゃってる!しかもそこそこいいとこの家に。
え、これ、まじ0歳でFIREじゃん。ワタシもついにゼロファイかー!ウヘ、ウへへへ…っ!あ、待って、おしっこ漏れた。
……
…
…からのさっき。
「お前に領地を任せる事になった」
「…はい?」
「お前に領主になってもらう、と言ったのだ。はっはっは!これでお前も一国一城の主だぞっ!喜べ、ノルナよ」
「…ん?この世界特有の冗談…的な?」
「はっはっは!この父が愛する娘にこんな冗談など言うものか。領地経営を学ぶ研修だと思えばいいのだ」
「…え、待って、おしっこ漏れる」
……
…
…からの今。
ゴトゴトゴトゴト。
「終わった…」
1日目。馬車がすごい勢いで私をヴェスタリムとかいう場所に運んでいきます。着いたら領主として働かなくてはなりません。馬が急にムーンウォークして王都まで戻って欲しいです。お願いします。神様。
「終わった…?」
3日目。同行してる執事によるとヴェスタリムは自然がとても豊かな土地で森とか川とかあと銀山とかあるらしい。…銀山、銀山か。もしかすると結構栄えてるのかも。
「むしろ始まったかも」
7日目。冷静になって考えてみれば父さんも14歳の子供に領地経営丸投げはしないはず。仕事は部下に任せて私は小川のせせらぎ、森、草原を堪能してキャンプとか?んで自然に囲まれて小説執筆とかしちゃう?
「明日、私、始まります」
……
…
「…うさま」
「テント…キャンプ…いいなぁ…グフ、グフフ…」
「…じょうさま、着きました」
「グフ、グフ…ウへ、ウへへへ…。…ん、…うへぇ?」
「……コホン。お嬢様、到着いたしました。ヴェスタリムでございます」
「…ん」
どうやら眠ってしまっていたらしい。8日間の馬車旅を終え私はようやく夢の土地ヴェスタリムへ到着した。
馬車の窓から期待を込めて外の景色を眺める。森!川!草原!そして小さくて可愛い町!これはもう「あはははっ!うふふふっ!」ってスキップするしかない。
……
…
…はずだった。
「ん…、んんん…!?」
私は街の様子を凝視せざるを得なかった。馬車の窓は押し付けられてペチャンコになった私の顔で一杯になった。
目をかっぴらきカメレオンのようにキョロキョロ見続ける。口は半開きのままただ空気を取り入れる空洞と化している。
ヌーン。
「このまま領主邸へ向かわせていただきます」
ヌーン…。
「ここが以前銀の取引で賑わっていた通りでございます」
ヌーン…?
「そして、あれが以前は繁盛していた宿屋でございます。現在は閉館して久しいと聞き及んでおります」
ヌーン。
「その三軒先に見えるのが、この町唯一の商店でございます」
ヌン。
……
…
「ヌン?」
「はい?」
「ヌーン…?」
「…お嬢様?」
思わずヌーン顔のままの執事を見てしまう。ずいぶん腑抜けた顔をしていた事だろう。
ダメだ、街じゃない。
いや、街……ではある。人も住んでる。たぶん。
でもこれ、ほとんど廃墟じゃん。ただの廃墟じゃん。ここ。
てかあれがこの町唯一の商店?うそでしょあり得ない。私のおばあちゃんの島にあった山崎商店の方が大きいじゃん。なにここ島ですか?愛知県に浮かんでる島ですか?
「……。…コホン。では、説明を続けます。もうすぐ見えてまいりますのが、この町一番の広間で…」
確かにめっちゃ広い。地平線見えるくらい広い。そして人がいない。一人も。広場だけでなくこの町に入ってから人を一人も見てない。
廃墟、人いない。だだっ広い。FIRE。キャンプ。小川のせせらぎ。自然に囲まれて小説執筆…。
「以前は大規模な祭りなどもこの広場で……」
……
…
「プシュー」という音と共に執事の説明がただの音の羅列に聞こえ出した。
私の身体が。顔面が。
徐々に液状になっていく。窓にへばりつく私の顔がスライム状に崩れていく。視界がぼやけ、執事の説明はもう濁り散らかしたノイズでしかない。視界も聴覚も私の中から消えていく。
元は私だったドロドロしたなにかが窓にへばりついている。
私はいつしか馬車の床のシミとなり、蒸発し、この世界を構成するマナの一粒子の一つに…。
……
…
ならなかった。
気づけば椅子にちょこんと座っていた。
(2話に続く)
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