貯金だけはワタシを裏切らない。看護師を選んだのも給料面がデカい。
早期退職して悠々自適なオタク生活…っ!つぅぅぅ…!待ち遠しいっ!待ち遠しすぎるっ、あとたった21年で…!
で死んだ。
……
…
ジョリジョリジョリジョリジョリジョリジョリ…。
…痛っ!痛いってっ!ちょ、ま、痛いってば!
気が付くとわたしは見知らぬおじさんに猛烈に頬ずりされていた。首がもげそうだった。そか、地獄か。地獄のなんて刑だろう。これ。
あ、違う。わかった。
ワタシ、これ、転生できてるじゃん!見てこの小さい手。この「あうゎ」みたいな可愛らしいけど全くなんて言ってるかわかんない声。よく見ればこの父親っぽい人いい服着てるし、天井たっか。え、王様?貴族?
待って。これ、私0歳でFIREじゃん。
……
…
からのさっき。
「お前に領地を任せる事になった」
「…はい?」…ん?…んん?今、なんて?ジョリジョリの父さん。
「お前に領主になってもらう、と言ったのだ。はっはっは!これでお前も一国一城の主だぞっ!喜べ、ノルナよ」
「…ん?この世界特有の冗談…?」
「はっはっは!この父が愛する娘にこんな冗談など言うものか。領地経営を学ぶ研修だと思えばいいのだ」
「…え、ちょ、待」
……
…
からの今。
ゴトゴトゴトゴト。
「終わった…」
1日目。馬車がすごい勢いで私をヴェスタリムとかいう場所に運んでいきます。着いたら領主として働かなくてはなりません。馬が急にムーンウォークして王都まで戻る夢を見ました。夢でした。指でずーっと八の字を書き続けています。
「終わった…?」
3日目。人差し指から指紋がなくなった。同行してる執事によるとヴェスタリムは自然がとても豊かな土地らしい。んで銀山もあるらしい。ふーん…銀山。銀山ねぇ。…なんか意外に栄えてる場所っぽい。
「むしろ始まったかも」
7日目。考えてみれば父さんも14歳の子供に領地経営丸投げはしないはず。お飾り領主的なやつでしょ、これ。てかゼッタイそう。んじゃ仕事は他の人に任せてせせらぎの中キャンプとか?んで自然に囲まれつつ二次小説の構想でも練っちゃう?
「明日、私、始まります」
……
…
「…うさま」
「テント…キャンプ…いいなぁ…グフ、グフフ…」
「…じょうさま、着きました」
「グフ、グフ…ウへ、ウへへへ…。…ん、…うへぇ?」
「……コホン。お嬢様、到着いたしました。ヴェスタリムでございます」
「…ん」
どうやら眠ってしまっていたらしい。
8日間の馬車旅を終え私はようやくヴェスタリムへ到着した。お尻は虫の息、いや完全に死んだがそんなのは些細な事である。なんたってここは夢の土地。私のFIRE生活が広がる楽園っ!
森!川!草原!そして自然の中での二次小説執筆というブルジョア!これはもう「あはははっ!うふふふっ!」ってスキップするしかないじゃないっ!待っててっ!わたしのヴェスタリムっ!
……
…
「ん…、んんん…!?」
私はむにゅぅぅぅっー!と馬車の窓に顔を押し付ける。
目をかっぴらきカメレオンのようにキョロキョロする。口は半開きのままだ。
――ヌーン。
「このまま領主邸へ向かわせていただきます」
――ヌーン。
「ここが以前銀の取引で賑わっていた通りでございます」
――ヌーン。
「そして、あれが以前は繁盛していた宿屋でございます。現在は閉館して久しいと聞き及んでおります」
――ヌーン。
「その三軒先に見えるのが、この町唯一の商店でございます」
―ヌン。
……
…
「ヌン」
「はい?」
「ヌン?」
「…お嬢様?」
思わず顔ヌーンのままの執事を見てしまった。
…ダメだ、ここ街じゃない。
いや、街ではある。人も住んでる。はず。たぶん。でもこれほとんど廃墟じゃん。
てかあれがこの町唯一の商店?うそでしょあり得ない。私のおばあちゃんの島にあった山崎商店の方が大きいし立派。島?ここ愛知県の島?
「……。…コホン。では、説明を続けます。もうすぐ見えてまいりますのが、この町一番の広間で…」
確かにすごく広い。地平線見えるくらい広い。そして人がいない。一人も。広場だけでなくこの町に入ってから人を一人も見てない。え、やばすぎるでしょ…。さすがに。
「以前は大規模な祭りなどもこの広場で……」
……
…
「プシュー」という音と共に執事の説明がただの音の羅列に聞こえ出した。
私の身体が。顔面が。
徐々に液状になっていく。窓にへばりつく私の顔がスライム状に崩れていく。視界がぼやけ、執事の説明はもう濁り散らかしたノイズでしかない。視界も聴覚も私の中から消えていく。
元は私だったドロドロしたなにかが窓にへばりついている。
私はいつしか馬車の床のシミとなり、蒸発し、この世界を構成するマナの一粒子の一つに…。
……
…
ならなかった。
気づけば椅子にちょこんと座っていた。
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