「…うさま」
「テント…キャンプ…いいなぁ…グフ、グフフ…」
「…じょうさま、着きました」
「グフ、グフ…ウへ、ウへへへ…。…ん、…うへぇ?」
「……コホン。お嬢様、到着いたしました。ヴェスタリムでございます」
「…ん」
「テント…キャンプ…いいなぁ…グフ、グフフ…」
「…じょうさま、着きました」
「グフ、グフ…ウへ、ウへへへ…。…ん、…うへぇ?」
「……コホン。お嬢様、到着いたしました。ヴェスタリムでございます」
「…ん」
どうやら眠ってしまっていたらしい。8日間の馬車旅を終え私はようやくヴェスタリムへ到着した。
お尻は死んだ。
馬車の窓から期待を込めて外の景色を眺める。道中、ロドから聞いた話では自然がとても多い場所らしい。森!川!草原!そして小さくて可愛い町!
これはもう「あはははっ!うふふふっ!」ってスキップするしかない。
……
…
…のはずだった。
「ん…、んんん…!?」
私は窓に顔押しつけ街の様子を凝視せざるを得なかった。馬車の窓は押し付けられてペチャンコになった私の顔でその大部分がきれいに埋まった。
ヌーン。
「このまま領主邸へ向かわせていただきます」
ヌーン…。私は目をかっぴらきカメレオンのように街をキョロキョロ見続ける。口は半開きのままただ空気を取り入れる穴と化している。
パカパカ。あらあらお馬さんのひづめの音がとっても軽快なこと。
「ここが以前銀の取引で賑わっていた通りでございます」
パカパカ。もう、本当にこのお馬さんったら軽快なんだから。
「そして、あれが以前は繁盛していた宿屋でございます。現在は閉館して久しいと聞き及んでおります」
ヌーン。
「その三軒先に見えるのが、この町唯一の商店でございます」
ヌーン。
……
…
「ヌン?」
「はい?」
「ヌーン…?」
「…お嬢様?」
思わずヌーン顔のままのロドを見てしまう。ずいぶん腑抜けた顔をしていた事だろう。
ダメだ、街じゃない。
いや、街……ではある。人も住んでる。たぶん。
でもこれ、ほとんど廃墟じゃん。ただの廃墟じゃん。ここ。
てかあれがこの町唯一の商店?うそでしょあり得ない。私のおばあちゃんの島にあった山崎商店の方が大きいじゃん。なにここ島ですか?愛知県に浮かんでる島ですか?
いや、街……ではある。人も住んでる。たぶん。
でもこれ、ほとんど廃墟じゃん。ただの廃墟じゃん。ここ。
てかあれがこの町唯一の商店?うそでしょあり得ない。私のおばあちゃんの島にあった山崎商店の方が大きいじゃん。なにここ島ですか?愛知県に浮かんでる島ですか?
「……。…コホン。では、説明を続けます。もうすぐ見えてまいりますのが、この町一番の広間で…」
確かにめっちゃ広い。地平線見えるくらい広い。そして人がいない。一人も。広場だけでなくこの町に入ってから人を一人も見てない。
廃墟、人いない。だだっ広い。FIRE。キャンプ。小川のせせらぎ。草原。
「以前は大規模な祭りなどもこの広場で……」
……
…
ロドの説明がただの音の羅列に聞こえ出した。
私の身体が。顔面が。
徐々に液状になっていく。窓にへばりつく私の顔がスライム状に崩れていく。視界がぼやけ、ロドの説明はもう濁り散らかしたノイズでしかない。視界も聴覚も私の中から消えていく。
元は私だったドロドロしたなにかが窓にへばりついている。
私はいつしか馬車の床のシミとなり、蒸発し、この世界を構成するマナの一粒子の一つに…。
……
…
ならなかった。
戻った。
戻った。
気づけば領主邸の自室で椅子にちょこんと座っていた。ヴェスタリムの街並みがあまりにも酷かったせいか、部屋は意外と小綺麗に見える。
……ホコリはちょっと気になるけれど。
「くそぅ…、ロドのじいちゃん嘘ついたな…っ!」
---------回想、王都を出てすぐ
…で。
「…なんで執事長?」
そう思いながら向かいに座るロドを見る。
「よりにもよってなんで?」思わず口に出る。
「…?と、申しますと?」
「いや、いやいやいや!その…、…なんでもない、です。ハイ、お気になさらず…はは、ははは…」
ロド、確か執事長を長年してる人。私が生まれた時にはもう、この顔、この服、このヒゲの3拍子そろい踏みで執事長だった気がする。
おじいちゃんっていうには硬すぎるんだよね、この人。おじい様? いや、なんかそれもしっくりこない。とにかく父さんといつも一緒にいる、堅物そうな高齢な人。私の中ではそれくらいの認識だった。
会話した記憶も……ほぼない。
……要するに。
今、ものすごい気まずい。
カタカタという馬車の車輪の音だけが、やたらと耳に入ってくる。
「……」
「……」
ヤバい。会話しようにも、なんも思いつかない。
というか、この人、何考えてるのかわからない目をしてるんだよね。それでいて、こっちの考えてることまで見透かされているような、なんだかそういう感じがする。
目つきなんて猛禽類のそれだ。
……え、今こっち睨んだ?
こわっ。
カタカタカタ……。
「……」
「……」
ダメだ。もう耐えられない。
オリジナル小説の続きでも考えよう。
そう思ったけど、それすらも「このお嬢様、馬車の中で何を考えているんだ……」とか思われてそうで落ち着かない。
私、完全にヘビに睨まれたカエルじゃん……。
「あ、あの、ロド?」
「…?はい、なんですかお嬢様」いや目つきヤバいって…。鷹やん…。
「…そ、そのヴェスタリムってどんな所なのかなって」
「自然がおおございます」
「…そ、そうなんだ」
「…?はい、なんですかお嬢様」いや目つきヤバいって…。鷹やん…。
「…そ、そのヴェスタリムってどんな所なのかなって」
「自然がおおございます」
「…そ、そうなんだ」
「……」
「……」
「…あの、森とか川もあるの?」
「はい、森も川もございます」
「へ、へぇ。」
「はい、森も川もございます」
「へ、へぇ。」
「……」
「……」
「自然の多い場所なんだね」
「そのように思っていただいて結構です」
「キャンプとかできるのかな?」
「…?今なんと?」
「え、あ、いや、あのテントとか張って自然と触れ合う的な…?なんかそういうアクティビティ…的な?」
「テントであれば使っている者もいるでしょうな」
「そ、そうなんだ」
「そのように思っていただいて結構です」
「キャンプとかできるのかな?」
「…?今なんと?」
「え、あ、いや、あのテントとか張って自然と触れ合う的な…?なんかそういうアクティビティ…的な?」
「テントであれば使っている者もいるでしょうな」
「そ、そうなんだ」
無表情で告げるロドの眼光が一瞬だけ鋭く光る。
ひいっ!と喉の奥で変な声が出た。
背筋に氷を突っ込まれたみたいに直立不動になってしまう。めちゃ怖い。なんなのこのおじいちゃん。どうやったらその鋭い目つきのままおじいちゃんになれるの…。
会話はいっこうに盛り上がりを見せないけれど、ヴェスタリムという場所についてはちょっとワクワクしてきた。ロドの説明を聞く限り思ったより悪い場所じゃないっぽい。自然がとても豊富な場所。
前世、小さいころ私がオタクに染まる前、よく父さんに連れて行ってもらってたキャンプを思い出す。テントってなんかいいんだよなぁ。あの謎の秘密基地感。テントにも秘密基地感あるのに寝袋にも秘密基地感あるなんて。まさに2重の秘密基地構造。最高にワクワクするんだよなぁ。
「いいなぁ…」
「何かおっしゃいましたか?」
「ん、あ、いや!なんでも!」
なんだかヴェスタリムに行くのが結構楽しみになってきた。昨日あれだけ嫌がってたけど、そうだよね、しょうがないよね。もう決まった事だし今さら馬車降りられないんだから。んじゃ楽しまないと。
どうせ父さんの事だからあっちにも使用人用意してくれてたり、領主といっても結局部下に任せればいいだけでしょ、私はお飾りの形だけ領主みたいな。で、私はきれいな水のせせらぎに足を付けてぼーっとしたり、執筆中の二次元小説の構想を大自然の中のびのび練ったり、そんで夜は焚火見ながらテントでまたボーっとしたり…。
うん、いい。かなりいい。むしろめっちゃいい。
「うへ、悠々自適なアウトドアアンドFIRE生活かぁ…!楽しみ!」
「…?」
-------回想終わり
「ど、こ、が…!?」
私は目の前の机を激しくポカポカ殴り続ける。「はぁー…っ!」という私が転生して一番のため息が思わず口から洩れる。
「いやいやいや自然が豊富で、小さいけれどかわいらしい街なんじゃないの!?草原が広がってて小川があって、森があってさぁ!?ぜんっぜん違うじゃん。んで町!無駄にデカすぎ!規模感!あんな道広い必要ある?象とかが闊歩してる象の街?ここ。違うよね、んじゃ絶対こんな道幅いらないよね。だって人いないんだから!」
ポカポカポカポカ。…だんだん手が痛くなってきた。
「それにあのおじいちゃん…!」
-------再び回想。王都を出て6日目
王都を出て6日目。周辺の風景がかなり様変わりした。
「土!草!んで茶色!そんで緑!」
だいたいこの2色になった。このまま風景が続くとすると確かにロドのいう通りヴェスタリムはかなりのド田舎なんだろうと思う。
ガタンっ!!馬車が大きく揺れる。
「痛っ~…っ!」
「ノルナ様?」
「あ、いや、ちょっとお尻が。ねえ、ロド」
「はい、なんでしょう」
「馬車ってこんなに揺れるの?お尻がもう限界を迎えそう…てか迎えてる」
「街道の整備が行き届いていないもので。ヴェスタリムに近づくにつれ道はさらに悪くなるでしょう」
「え、これがマックスじゃないの?」
「さようでございます」
「ノルナ様?」
「あ、いや、ちょっとお尻が。ねえ、ロド」
「はい、なんでしょう」
「馬車ってこんなに揺れるの?お尻がもう限界を迎えそう…てか迎えてる」
「街道の整備が行き届いていないもので。ヴェスタリムに近づくにつれ道はさらに悪くなるでしょう」
「え、これがマックスじゃないの?」
「さようでございます」
私は天を仰ぐ。ゴメン、私のお尻。
あなたはヴェスタリムの自然豊かな風景を見れないかもしれない。ここでお別れかもしれない。ごめんね私のお尻。今まで特に何もしてあげられなかったこのノルナをどうか許して…。
「……」ごめんね、お尻。
「…?」
「……」ゴメン…。
「ノルナ様?」
「ん?なに?」
「先ほどから何を考えておられるのですか」
「お尻の人権問題を考えてたの」
「……。…お尻に人権はございません」
「…?」
「……」ゴメン…。
「ノルナ様?」
「ん?なに?」
「先ほどから何を考えておられるのですか」
「お尻の人権問題を考えてたの」
「……。…お尻に人権はございません」
-------------回想終わり
「いや、お尻に人権あるから」
なんだあの堅物じいちゃん。信用ならない上に堅物とか。平気で真顔でウソつくし。てか目つき怖すぎる。お尻の人権認めないし。お尻の人権認めないやつなんてだいたい根が性悪なやつだって決まってるんだ。ゼッタイそうだ。
楽しい会話で馬車の旅できてたら絶対もっとお尻も元気だった。あんなジェネレーションギャップすさまじい堅物じいちゃんと8日もいたからお尻だってこんなに弱ってしまったんだ。絶対そうだ。
ポカポカポカポカポカポカ。机をたたき続ける。手がだいぶ痛い。
てか父さんも父さんよ。どういうつもり!?こんな何もない廃墟みたいなところに娘を一人…、というか正確には堅物の、絶対ソリ合わないだろうなっていうおじいちゃんも一緒だけど、とにかく娘一人を送るなんて。絶対あり得ない。
ポカポカポカポカポカポカ。そろそろ手から血が出そうだ。
コンコン。
「…お嬢様?」
「ん…?なぁに…?」
「ん…?なぁに…?」
私はとてつもなく不機嫌な声で答えた。
「お嬢様、失礼してもよろしいでしょうか」
「ん、いいよ~…」
「ん、いいよ~…」
私は机に突っ伏したまま入ってきたロドの顔をものすごい陰険な目でじーっと見る。「じー」っという音が出てもいいくらいじーっとロドを見る。
「……。…先ほどの話の続きでございますが」
なんだその不自然な間は。あれか、騙したことを今更後悔してるのか。この堅物ウソツキじいちゃんめ!じーっ!そろそろ音が出そうだ。
「その前にロド」
「はい、なんでしょうか」
「この町って人住んでるの」
「はい、もちろんでございます」
「はい、なんでしょうか」
「この町って人住んでるの」
「はい、もちろんでございます」
また嘘じゃないだろうな、この堅物ウソツキ目つき怖すぎじいちゃん。じーっ!あ!さっきちょっとだけ音出た気がする。左目からたぶん。
「んじゃ何人いるの」
「150人程度と伺っております。もっとも、最盛期には3,000人ほどの住民であふれており――、その頃は―――」
「150人程度と伺っております。もっとも、最盛期には3,000人ほどの住民であふれており――、その頃は―――」
……
…
島だった。
規模感、島だった。
規模感、島だった。
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