辺境領主の看護記録11話

2026/10/19

ラノベ

t f B! P L
また私だ。
ギュスターヴだ。支部の若手神官だ。
領主と薬師の企てを知り薬屋までやってきた。

神よ、我が魂をお守りください――

【■■■■■■■■】HP76
――ガチャっ

(ふぁぁぁぁぁ――っ!)

風が吹く。
そして私の世界は一瞬にして変貌した。

鮮やかに、
そして。
音が消えた。

赤はより赤く、緑はより緑に。

――黒。
その色の布を一枚、すとんと体に沿わせただけの装い。薬瓶を扱う白い指。その眼差し。
気づいた彼女が瓶を置き、顔を上げる。
漆黒の髪が絹のように落ちる。

息をすることを忘れていた。

【■□□□□□□□】HP6
はっ…。何を…私は今、何を…!
なんという事をしてしまったのだ…!

慈悲深き母なる女神レタゥよ…!私はあなた以外の女性に心を奪われるという万死に値する不貞を働きました!どうか…どうか我が魂を、あなたの愛の檻から追放しないでくだ――

目が合った。

その瞬間私の中にあったあらゆる言葉が消し飛ぶ。
美しい、などという言葉では足りない。女神レタゥの御姿を讃えるために生涯を捧げてきた私が、初めて思ってしまった。
――この方は、御身映しなのではないか、と。

――ドクン

胸の奥で、何かが目を覚ました。

彼女は瞬き一つせず私を見つめたまま、細長い金属の匙を返した。
寸分の狂いもない動き。
音もなく、白い粉末が小皿に落ちる。皿の中の液体が赤く染まっていく。

その目が、ふっと私を通り抜けた。
彼女の首がゆっくりと傾く。私ではなく、私の背後にある何かを見ている。

聞こえるのは、自分の鼓動だけだった。

「ト゛フ゛シ゛タ゛ト゛ゥ゛?」
「……っ!!!」
異形だ。
あの目は、人間を見る目ではない。
私はとっさに後ずさりカバンの中をまさぐ――

――ドサッ!
背負っていたカバンの紐を踏み後ろ向きに転倒してしまう。

【□□□□□□□□】HP0
「う、うう…」
「タ゛イ゛シ゛ョ゛ウ゛フ゛ゥ゛?」
だめだ頭を強く打ったようだ。体を起こすことができない。女神レタゥの顔を模した異形が近づいてくる。

棚には蛇が浮かぶ瓶。何十もの名前が並んだ帳面。
いつの間にか手にした小さな刃を指先で弄んでいる。
赤は血の色に緑は毒の色に見えた。

(…ソレミヨスソレミヨスソレミヨス)
女神レタゥの姿を騙ったのは私を貶めるための罠だった。神の御姿を真似るとは…。
私は瞼を閉じる。我が魂が御許へ召される刻をただ待つ。

「パパヌーイさーん、今日の分の薬草ここにおいとくぜ!…ん?」
「ソレミヨス…ソレミヨス…ソレミヨス…」
「この人、どうしちゃったんだ?」
「わ゛た゛ん゛た゛い゛は゛ぁ゛(わかんないわぁ)」
「ソレミヨス…ソレミヨ…」
ああ…意識が遠のい…て…

【□□□□□□□□】しに
「お、おい!大丈夫か?」
「ち゛ょ゛っ゛と゛ひ゛て゛て゛ぇ゛(ちょっと見せてぇ)」
「ふ゛ん゛、こ゛の゛く゛す゛り゛た゛へ゛し゛ち゛ゃ゛お゛ふ゛か゛た゛ぁ゛(うん、この薬試しちゃおうかなぁ)」

……
…
【■□□□□□□□】HP2
気付くと薬屋の外で寝転がっていた。真上には月が見える。
生き、てる…。生きている…!おお、神ノズニャットよ、女神レタゥよ。罪深き私になおも御手を差し伸べてくださった。この慈悲にソレミヨスを。

(ソレミヨス)
私は短く唱え急いでその場から離れた。

…
人?夜にしては珍しく前方に人がいた。
杖を突きながら、タン、タタンというリズムで歩いている。…これも、もしや異形の…。

「…ん?」
くそ。見つかった…もう纏いの残量が…。
私はカバンに手をかけた。

「…なあ、おんし」
「…!?」
「神は、信じとるか?」
少なくともさっきのような異形ではないようだ。
私はカバンを探る手をひとまず止める。

「も、もちろん。毎日欠かさず祈っております」
「…ふん。そうか」
「それは、…えぇ行いじゃ」
老人がすっと黙る。

「おんしの目には、この畑がどう映る」
老人が杖で畑を指す。

「…どう、というのは」
「ふぅ。…なぁんも知らんのだな。バカもん」
「…?」
「よぉ聞け。ここの領主は神の与えたもうた試練を薬で治しとる」
「薬で、病を…?」
「そうじゃ。この畑ぜぇんぶ薬草よ。それを育てさせとる領主は神を冒涜しとる阿呆じゃ」
私は畑に目を向ける。
これが全て神を冒涜する薬草に変わるというのか。

「…異端」
「異端そのものじゃ。罰当たりもんが」

…いや、待て。
この街には新しい店ができていた。子供たちは笑い、住民は領主の話をしていた。
あれは、異端の支配がうまくいっているという事か。

薬草を用い病を治し神に祈る必要をなくす。
神への感謝を忘れた住民はやがて神殿から離れていく…。
そして上納金が減る。

――サァァァァァ
月明かりの下、畑はどこまでも黒かった。
風に揺れる葉が、無数の手のように私を招いていた。

タン、と杖が地を叩いた。
「こんな街に長くいちゃいかん。じきに神罰が下るはずじゃからのぉ」
「…」

言い終わると老人は去っていった。

私は宿屋へ急ぐ。
早く支部に伝えなくては。
ヴェスタリムは、異端に支配されていた。

……
…
翌朝。宿。

なん、だ…。体が重い。腹の底が、ねじ切られるように痛む。
起き上がろうとして手に力が入らず、ベッドから転がり落ちた。
…毒、か。異端の者が、宿の飯に――
吐き気がこみ上げる。喉が渇く。体が、熱い。

「ソ、レ…ミ…っ」
ダメだ、吐き気が強すぎて祈りが、纏えない…。くっ…。
気付かれたのか…。私が密偵だと…。

――バタンっ!
「この人がそう?」
「は、はい!このお客さんずっとうなってて…」
「これで3人目…」
「ロド、運ぶのを手伝って!」
「はい――」
触る、な…。そう言ったつもりだった。だが私の手は、なぜか誰かの服の裾を握っていた。

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