辺境領主の看護記録10話

2026/10/19

ラノベ

t f B! P L
私はギュスターヴ。支部の若手神官だ。
今、広場の方から悲鳴にも似たどよめきが聞こえた。
私は今日もクールに内偵を…

「うごけぇー!」
「はいだらぁー!」

老人が走っていた。
目を疑った。

「ウォォーッ!」
観客は全員拳を突き上げ叫んでいる。誰一人目をそらさない。

すでに何かの術法の中…!?
これは古代のコロッセオではないのか…。奴隷どもを戦わせ酒をかっくらい愉悦に浸ったというあの忌まわしき…。
それに中央に鎮座する肉塊。あれは…まさか…。

「はいっ、あんたもお食べっ!」
「…?」
いきなりむき身の卵が差し出される。

卵、か。
大好き。でも今はそれどころじゃない。早く目の前で起こっている事を記さねば。…ん。

卵を持つ夫人はニッコニコの笑顔だった。子供のように屈託がない、欠けた前歯もチャーミングだ。…うん。断るのも忍びない。警戒しつつ、口に運んだ。

旨い。
私は思わず卵と夫人を交互に二度見する。
いい卵だしいい人だ。なぜこんないい卵がコロッセ…いやなぜこんな善良な婦人がコロッセオなどに。家族を人質に取られ給仕の仕事を余儀なくされているのか。

「これは?」
「いけーっ!ん?ああ、ゆで卵さ」
「いや、ゆで卵の方ではなくこのコロッ…集会は一体」
「老人運動会さ。あんた商人さんかい?楽しんでってね。ポゥさーん!あと少しよー!」
婦人は笑顔で去っていった。
老人運動会…何かの、隠語か?

…は!あと29分しかない。急がねば…!

……
…
「すぅぅーーーはぁぁぁぁーーー…っ!」
宿屋に戻り扉にもたれかかる。

ギリギリだった。
昨夜ひたすら祈祷して宿した祈りがもう切れる。
12時間かけて持つのは2時間、か。…厳しい、がもう一度纏うしかない。
「ムーミーンピィーナァーツゥーケロケロケロ…」

扉の向こうから声が漏れ聞こえる。
「また?ずーっとブツブツ言ってるわねぇ。気味が悪いわぁ…」
……。

「ピィチィーカァーワァーポムポム…」
私はできる限り小声で祈り続けた。

…
【■■■■■■■■】HP76
次の日。

「わーわー!」「きゃーきゃー!」

子供たちがいる。
子犬のじゃれ合いのように駆けまわっている。

私は少し離れたところに座っていた。
改めて街を見る。

この街は衰退の一途を辿っていると事前報告で聞いていたが…。

子供は痩せてはいるが笑顔が多い。倒壊寸前の家屋と、最近できたと思われる商店が混在している。
私が泊まっている宿屋も1か月前に開業したばかりだと店主が忙しそうに話していた。
先の催しも聞けば毎年の恒例行事という事だった。

分からなくなった。
異端によって住民が粛清されているのかと思えば違う。私が接した限りでは善良な住民が多い。
少なくとも当初私が書き留めていた異端信者ばかりの街ではないらしい。

私は食堂に来た。情報収集のためだ。
ゆで卵を6個注文する。
そして私は周囲の会話に耳を澄ませる。

「今年は惜しかったなぁ!あとちょっとでクレスさんに勝ててたよなっ!」
「うるさい!バカもんが。ちぃとも嬉しくないわ。おい、おかわり!」
――有益な情報は、ないな

「お嬢様、パクティーも避けずに食べてください」
「え、昨日食べたじゃん。そんなサプリみたいな感じじゃないでしょ」
――有益な情報は…

「昨日の嬢ちゃん笑えたなぁ!」
「はっは、ちげえねぇ。うちのチビなんて家帰ってずーっと領主様領主様言ってたわ。将来は領主様と結婚するんだとさ」
「お、玉の輿だねぇ」
――有益…

「…でもさ。わたしゃあの薬はちょっと怖いよ」
「ん?薬って、パパヌーイさんの?」
――ん?

「ああ。なんでも領主様もあの薬師と一緒になって色々やってるそうじゃないか」
薬?領主が薬を作っている…?…っ!?

「なんだとっ!」

変質者を見る目。
(ソレミュー…)

「…コホン」

【■□□□□□□□】HP6
領主。薬。薬師。
この繋がりに上納金が減少した原因があるのかもしれない。
教会への信仰心を失わせる何か…。

「はいよ、お待ち!1個サービスしといたよっ!」
どんな薬かはわからない(モグモグ)。
しかし住民がその存在を危惧するような薬…(モグモグ)
麻薬の類か(モグモグ)
とにかくまずは薬師を調べてみ…。

それにしてもなんて美味。
全く飽きない。白身で口の中が浄化され黄身が舌の上でとろける。まるで神の作りたもうた食べ――
【■■■■■■□□】HP57

…
【■■■■■■■■】HP76
次の日。

私は人伝いに薬屋へやってきた。
辺りに人影はない。まるで、神さえも目を背けたかのように。

話では薬師は領主と近しい間柄だという事だった。
最悪の場合、衝突する。

私はカバンの中を確認する。
聖水瓶3つ、油瓶2つにマッチ、そして護身用の短剣。
…慈悲深き神よどうか、我が魂が穢れませぬよう。

すぅ、と深く呼吸をしドアノブを握った。それは思ったよりも冷たく、私を拒絶しているようだった。

――ガチャっ

QooQ