辺境領主の看護記録9話

2026/10/15

ラノベ

t f B! P L
私はギュスターヴ。支部の若手神官だ。
任務は上納金が急に減ったヴェスタリムの内偵。神のため必ず使命を全うしなければ。
私は嘘がつけない。しかし密偵に選ばれた。非情なまでの冷徹さが目に留まったのだろう。やはり密偵に必要なのはどんな時もクールに…。

尻が焼けるように痛い。
なんとか着きはしたものの、この悪路。尻失いのヴェスタリム、噂は本当だった。

ふむ。僻地ではあるが立派な内装だ。
「ソレミヨスソレミヨスソレミヨス」
神に静かに祈りを捧げたのち、私は神官に査察の書簡を見せ帳簿室に案内してもらった。

…やはり3か月前から上納金が下がり続けている。数字も支部の帳簿と一致する。そしてこの神官が誤魔化している様子はない。

「神官殿」
「ほっほっ、どうなさったかな」
柔和な笑顔だ。この人は信頼できる。

「3か月前から上納金が下がっています。何か心当たりは?」
「ほっほっ、査察というからワシもその件だと思うとったんじゃ」
「では原因もすでに?」
「ちょうど新しい領主様が赴任されたのがその時期じゃったなぁ」
「ではその領主が何かを…は、もしや異端!?」
異端。そう自ら言葉を発した瞬間、心臓から指の先一本に至るまでが凍り付く。震えが止まらない。異端。そのようなものがこの世に存在する。
そして今まさに私はそれに対峙しようとしている。怖い。

「いやいや。領主様は―」
「神官殿は、神官殿は一人で戦っておられたのですね…。だからそんなにガリガリに。己の身を盾にして神を邪悪から遠ざけてくださっていた…!」
「ほっほっ、領主様は確かに普通じゃないんじゃが…お主も大概じゃのぉ。まあ実際に街に出て聞いてみるのがよいじゃろて」
「ソレミヨスソレミヨスソレミヨスっ!どうか神よっ、私を邪悪からお守りくださいっ!」
私は腕を体の前でクロスし一心に祈る。

「……ほっほっ」(パタンッ)

気付けば老神官の姿がなくなっていた。

…
私は街に出た。
周囲を見回し警戒しつつ歩を進める。日が出ているのに薄暗い。例えばあの路地の奥などから邪悪なものの存在を感じる。
領主が異端なら街の者も異端の可能性が高い。上納金が減ったのは異端が増えたからに他ならない。

は…っ!?しまった。考え事に気を取られていたあまり1分18秒超過している!早く祈りの効果を纏いなおさねば…!
(ソレミヨスソレミヨスソレミヨス)私は体の前で腕をきつくクロスし…。

「ねえ母ちゃん、あの人こんなとこでお祈りしてるよ。ヘンなの」
「…しーっ!」
私は速足で歩き去ろうとするその親子を呼び止めた。

「あ、あの!すみません!」
「…は、はい?」
不審者を見る目だ。母親が少年を背に隠す。

「あ、いや、その、旅をしていまして…!領主様が新しくなったと聞いて、気になって…!」
「ああ、領主様ですか?」
婦人の口角が少しだけ上がった。…笑った?
私が何かおかしな事を言った?

「そうですねぇ、あ、こないだなんかすごかったよね?」
「うん!首だけ出てた!」
「な、なにが…?」
そう聞くと親子は腹を抱えてどっと笑い出した。

「ふふっ、実際お会いするのが一番だと思います。領主邸に行けば会っていただけるはずですよ」
「え、いやちょっと…!」
笑いながら去っていってしまった。異端の儀式でも行っているのか。
今会話した親子も。もしや。異端…?…っ!

(ソレミヨスソレミヨスソレミヨス)私は体の前で腕をクロスし邪悪への備えを整える。
領主邸に行けばよいという極めて誘導的な発言、そして領主について尋ねた時にうっすらと見えた邪な笑み。あの親子は領主邸の異端の儀式に私を誘い、甘言で信仰を腐らせようとしていたのだ。
ああ…っ!神よ。私を惑わしから守りどうか真理の内に留まらせてください…っ!

遠ざかる親子の影がヌラリ揺れたように見える。

その影が角に消えると通りには私以外誰もいなくなった。
昼なのに窓という窓が閉ざされている。異様な静けさだ。…皆、働きに出ているのか?
しかし異端が潜むにはこれ以上ない街だ。石畳の割れ目の中にすら邪悪が巣食っている。
私は狭い通りを避けできるだけ開けた場所を目指した。前方に広場が見えた。

「おい」
「…ひぃぃ!?」
振り返ると鼻が触れるほどの至近距離に恐ろしく整った顔があった。

「ちゃんと身に着けておけ」
「…?」
手渡されたのは私の路銀入れだった。
は…!?もしかしてスリ?私は指が滑るのも構わず袋を開き金貨を確認する。

(減ってない)
いい人だった。怖い人かと思った。おお、神よ…っ!

「ありがとうございます!あ、ちょっとお聞きしたいんですが…」
「…なんだ」
「この街の領主様ってどういう方ですか?やっぱり恐ろしい方なのでしょうか」
「…ふん、お前旅の者だろう」
「は、はい、そうです」
「嗅ぎまわるのはよした方がいい。それだけだ」
「……っ!!!」
(ソレミヨスソレミヨ…)

「あ、シリウ…!」
「…なんでしょう」
「ロドがさぁ――」

……
…
次の日。

私は密偵。
非情なまでの冷徹さが評価されこの地に送られた。
昨日は異端はびこるこのヴェスタリムで3人もの住民から有益な情報を書き留めるに至った。

報告書にはこうある。

この街ヴェスタリムは
・領主が異端である可能性が極めて高い
・住民は領主に関する重要な事実を隠匿している(※自ら隠匿しているのか隠匿を強いられているのかは不明)
・異端信者は想起するだけで幸福を感じるほど心酔している可能性有り
・住民の数が異様に少ない(異端による連行・粛清の疑い)
・異端ではないであろう善良な住民より詮索が命にかかわるとの忠告

事態は想定していた規模を大きく超えている。
これは単なる上納金の減少などではない。
支部始まって以来の大事件。その渦中に、私はいるのかもしれない。

ん…?広場の方が何か騒がしい。

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