夜。
対象の部屋に入る。
寝ている。
接敵する。
対象の喉にナイフを構える。
「FIRE…」
聞き慣れない単語だった。
だが、それだけだ。
私はナイフを突き出す。
「…!」
背筋が粟立つ。
廊下…?
…執事か。
確実に殺せる。
だが、生還できるかは別問題だ。
情報が足りない。
特にあの執事。
私は静かにナイフを収めた。
今夜ではない。
私は窓から消えた。
……
…
「じー…」
「」
私は今対象をじーっと眺め続けている。
あ、今ちょっと横向いた!髪がちょっとファサってなった!
「じー…」
「…?」
…!!!?目、目が。目が合ってしまった…っ!つ、つぶれる…っ!目がつぶれる…っ!
…撤退っ!撤退よノルナ!早く撤退してっ!
「…」
「」
…顔、イケメン過ぎる。何あれ。ゲームのキャラが今私の5m先に立っています。
シリウ。
「これからお願いします」「ドドドド…、…ド、ドモデス。リョウシュ…、デス」しか会話してない。
いや別に話せるよ?話そうと思えば。そりゃあね。元29歳ですもの。これまで数多くの同人小説を読み込んできてる。話せるよ?うん全然。男の人との会話の盛り上げ方なら脳内で100通りはもう修了済み。
私、会話できる女ですよ?
…ただ顔面!顔面の圧が強すぎる。
ロドが言うには護衛のために来てくれた人、らしい。
そう、ロド。
「お父様に書いた手紙っていつ届く?」
「ここから王都まで往復で2週間は最低でもかかるかと」
「…そっか。でも明日には返ってくるかもしれないよね?」
「難しいかと存じますが、全くない事もないと存じます」
「じゃあ明日も聞く」
「そう仰ると思いました」
父さんからの手紙は返ってこない。私は今日も領主の仕事をしている。と言っても主にハンコを押す仕事だ。
ハンコ。
ハンコ…。
ハンコ……。
私は今、領主ではなく高性能ハンコマシーンになりつつある。
書類。
ハンコ!
次のやつ。
ハンコ!
「こちらは税に関する書類でございます」
ハンコ!
「こちらは水路の補修に関する……」
ハンコ!
「こちらは…」
ハンコ!
「お嬢様」
ハンコ!
「お嬢様」
ハンコ!
「お嬢様。」
ハンコ!
……あ。
ロドの手だった。
…もぉー、限界…。ずーっとこの領主邸に引きこもってハンコ押してるだけ。外にも出してもらえない。息抜きもない。え、領主って外出れないの?だいたいこんな感じなの?
「ねえ、ロド」
「なんでしょう」
「領主ってこんな軟禁状態なの…?」
「基本的には執務室での職務が主となります」
「…えー。外出たいぃ~…」
めちゃくちゃしんどい。というよりなんでこんな書類ばっかり…。いやそりゃわかってるけどさ。でもロドのじいちゃんが押せばいいだけじゃん。私が全部押さなくても…。
「…ね、ねえシリウ…っ!…さん。護衛として一緒に来ていただけ…。いや、…来てくれるよね?」
「ええ、仰せのままに」
爽やかぁぁぁぁぁッ!!金髪から完全にオーラ出てる。
眩しい! 少し上向いた口角が眩しいっ!
「……ふむ。王都から派遣された一流の護衛が共におるのであれば、近場の視察程度ならば…」
落ちた!?じいちゃんもイケメンに落ちたの!?
イケメンの威力すごっ!でもよかったぁーこれでハンコからおさらばできる。
「…1時間だけですよ」
「…は、はい」
……
…
…うーん、風が気持ちいい。
で。
なぜかロドも一緒にいる。いやハンコ…!押しておいて欲しい。無理なんだろうけどさ…。
にしても。
やっぱイケメンだよね…。画竜○睛とかリミットブレイク使いそうなビジュアル…。
「…?はい」
「…イ、イヤ、ナンデモナイ、デス」
あー、全然心休まらん。ハンコマシーンよりもこっちの心労で倒れるかもしんない。
「わー!」
「そっちが鬼だよー、わー…!わー…こっちこないでよぉー、もぉー」
「はいタッチ―、次お前が鬼なー」
「いーち、にぃー、さぁーん…」
子供かー。ベスタリムにもいたんだな。…いや当たり前か。
なんか懐かしいなー。私めちゃくちゃ運動神経悪かったからいつもだいたい鬼してたなー、そういや。
「わー!」
「きゃー!」
「…やぁ、待って、こっち来ないでよぉー…!」
バタンっ…!
こけた。
泣くのか泣かないのかという表情をした後、やっぱ泣く。そだよねー、子供ってそうだもんねー。
「大丈夫?マヤ。」
あれ、お母さんかな。
「…えぇーん!」
「あらあら、こんなに膝をすりむいて。痛むよね…?」
「う、うん、…う、うぇーん!」
「大丈夫、大丈夫。大丈夫だから」
そういって母親らしき人はマヤちゃんの膝を布で拭く。
「はい、これで大丈夫。遊んでおいで」
「…う、うん、ぐすん」
…あれ?そか拭くだけなんだ。
……
…
うん。
いや。
すれ違ったおじさん、腕に切り傷
すれ違ったおじさん、今度は足に切り傷。ちょっと化膿
すれ違ったおじさん、顔に擦り傷
……
…
いやケガ多くない?てか肌の色悪すぎない?ゾンビですって言われても、そうなんですね、っていうくらい肌の色が悪い、というか汚れてる?。…そか、傷口の変色が目立ちすぎてるのか。
「ねえ」
「はい」
「この町って……ケガする人、多いの?」
「……多い、とは?」
「いや、なんか……多くない?」
「…そうでしょうか」
「腕に切り傷の有った者3名、足に打撲痕が4名、歩行の動作が崩れている者が2名いましたね」
急にシリウ。
…え、なにそれ。怖い。なんでそんな正確に覚えてるの?
「…いえ、見ていましたので」
いや見ていましたので。じゃないでしょ。見てても普通そんな…、あれ。
「ちょっとそこのお母さん…っ!」
私はマヤちゃんのお母さんと思しき人に話しかける。
「ですからなりません、お嬢様。領主が領民に気軽に話しかけるなど…」
「マヤちゃんの傷って……後からお水で流すんですよね?」
「…え、ええと」
「…申し訳ございません。こちらヴェスタリム領主のノルナ様でございます」
「…領主…様?も、申し訳ございません。そうとは知らず無礼な態度を…」
…あー、でももうすぐ辞める領主なんだけどね。
「い、いえ。娘のケガはあの程度でございますので、特に水で洗うなどはしない…です」
「え…?」
え、しないの?
「は、はい。…あ、あの、もうよろしいでしょうか…?」
「え、なんで?なんで水で洗わないの?」
「…お嬢様。」
「そ、それは、……お水は、飲むものですので」
「……え?」
「傷を洗うために使うようなものでは……。も、申し訳ございません!出すぎたまねを。ど、どうかご容赦ください。そ、それでは失礼いたします!」
……
…
私はその背中を見送った。
「…ロド」
「はい」
「この町って、水…そんなに貴重なの?」
「…飲み水として使う分には問題ございません」
「じゃあなんで傷を洗わないの?」
「水を汲みに行くのにそれなりの時間がかかりますので」
そか。そうだよね。水道とかないんだもん。水を汲みに行ってるんだ。
まー、いうて私はもう領主をやめるからどうでもいいんだけど、でもさ、ここまで衛生管理できてないのはさすがにまずいでしょ。
「毎日?」
「はい」
「一度にたくさん汲むのは?」
「…お嬢様、20分かかる往路です。一度に運べる量には限りがあります」
ふーん、なんか頭の上にオケ置いてる感じのやつか。確かにオケ大きすぎると首折れるよね。
首折れるリスクしょって運んだ貴重な水、傷を洗うのに使えないよね。
「んじゃいっそここに水瓶置いとけばいいじゃん」
「…はい?」
「うん、手洗い用の水。みんながここでできるようにすればいいじゃん。家庭のは飲み水でいいからさ」
「その水は誰がここまで運ぶのですか」
「それはそれを仕事にする人を作ればいいじゃん」
「……、…お嬢様、水を運ぶだけの仕事が成り立つとお思いですか。通常は子供が行っている家事手伝いでございます」
「子供たちみんなに水運びとして働いてもらってお給金を渡す…とか」
「…それでは、財政が。いえ…。しかし…」
「やはり…お給金を渡すというのは、現実的ではございません」
「そっか」
そっか。まーそうだよね。思い付きで言ってただけだからねー。
「ですが…」
「例えば…一箇所に水を集め、皆で使う……」
「なるほど……それならば、方法があるかもしれません」
ロドがなんかごにょごにょ一人顎に手を当ててる。
…また馬鹿にされると思ってたけど、…どしたロドのじいちゃん。
「少しお時間をいただきたく存じます」
…ん。うん。
…!てか、もう後10分もないじゃん。気分転換。気分転換っと。なんか変な虫とかいないかなー。すんごく臭いのとかいないかなー。
ん、え。
え、絵になるぅぅぅ…っ!金髪美青年と夕日。
あれ、夕日って西?東?もうこの人の背景になりたくて太陽も自分の位置決めてる?うん、絶対そうだ。やばい、神々しい…。
……
…
「お嬢様」
「ん、…なにー」
今日も父さんからの手紙は届いてない。
相変わらずシリウは光っている。
「昨日の水の件ですが」
「ああ、うん」
水の件…?なんだっけ。
「一つ、試してみたい案がございます」
「…え、あ、そうなの?」
「水を運ぶ仕事を新たに作るのではなく――」
ああ、あれか。往復20分のオケ、首、筋肉痛の話か。まだロドのじいちゃん考えてたんだ。いつ寝てるんだろ。
「うん」
「住民が交代で水を運ぶ当番制にします」
「うん」
「共同水場を一箇所設け、そこへ必要な分だけ水を運んでもらいます。各家庭がそれぞれ傷を洗うための水を用意するより、負担は少なくなります」
「へー」
「しばらく仮運用を経て本運用へ――」
へー。
それでいけるもんなんだ。ようわからん。…ま、いいや。私は今日も元気にハンコマシーンしますかー…。
……
…
書類。
ハンコ!
次の書類。
ハンコ!
「こちらは税に関する書類でございます」
ハンコ!
「こちらは農作物に関する……」
ハンコ!
「こちらは…」
ハンコ!
「お嬢様」
ハンコ!
「お嬢様」
ハンコ!
「お嬢様。」
ハン…。
「お嬢様、こちらは共同水場設置についての書類です」
ハ…ン…?
「…ん?」
「以前の水の件の書類です」
「え、あの私が言い出したやつ?」
「はい」
「…」
「こちらに」
「………。うん、ハンコ!」
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