辺境領主の看護記録4話

2026/09/26

ラノベ

t f B! P L
夜。
対象の部屋に入る。

寝ている。
接敵する。
対象の喉にナイフを構える。

「FIRE…」

聞き慣れない単語だった。
だが、それだけだ。
私はナイフを突き出す。

「…!」

背筋が粟立つ。
廊下…?
…執事か。

確実に殺せる。
だが、生還できるかは別問題だ。
情報が足りない。
特にあの執事。
私は静かにナイフを収めた。

今夜ではない。
私は窓から消えた。

……

…

「じー…」
「」

私は今対象をじーっと眺め続けている。
あ、今ちょっと横向いた!髪がちょっとファサってなった!

「じー…」
「…?」

…!!!?目、目が。目が合ってしまった…っ!つ、つぶれる…っ!目がつぶれる…っ!
…撤退っ!撤退よノルナ!早く撤退してっ!

「…」
「」

…顔、イケメン過ぎる。何あれ。ゲームのキャラが今私の5m先に立っています。

シリウ。

「これからお願いします」「ドドドド…、…ド、ドモデス。リョウシュ…、デス」しか会話してない。
いや別に話せるよ?話そうと思えば。そりゃあね。元29歳ですもの。これまで数多くの同人小説を読み込んできてる。話せるよ?うん全然。男の人との会話の盛り上げ方なら脳内で100通りはもう修了済み。

私、会話できる女ですよ?
…ただ顔面!顔面の圧が強すぎる。
ロドが言うには護衛のために来てくれた人、らしい。

そう、ロド。

「お父様に書いた手紙っていつ届く?」
「ここから王都まで往復で2週間は最低でもかかるかと」
「…そっか。でも明日には返ってくるかもしれないよね?」
「難しいかと存じますが、全くない事もないと存じます」
「じゃあ明日も聞く」
「そう仰ると思いました」

父さんからの手紙は返ってこない。私は今日も領主の仕事をしている。と言っても主にハンコを押す仕事だ。

ハンコ。
ハンコ…。
ハンコ……。

私は今、領主ではなく高性能ハンコマシーンになりつつある。

書類。

ハンコ!

次のやつ。

ハンコ!

「こちらは税に関する書類でございます」

ハンコ!

「こちらは水路の補修に関する……」

ハンコ!

「こちらは…」

ハンコ!

「お嬢様」

ハンコ!

 「お嬢様」

 ハンコ!

 「お嬢様。」

 ハンコ!
 
……あ。
 
ロドの手だった。

…もぉー、限界…。ずーっとこの領主邸に引きこもってハンコ押してるだけ。外にも出してもらえない。息抜きもない。え、領主って外出れないの?だいたいこんな感じなの?

「ねえ、ロド」
「なんでしょう」
「領主ってこんな軟禁状態なの…?」
「基本的には執務室での職務が主となります」
「…えー。外出たいぃ~…」

めちゃくちゃしんどい。というよりなんでこんな書類ばっかり…。いやそりゃわかってるけどさ。でもロドのじいちゃんが押せばいいだけじゃん。私が全部押さなくても…。

「…ね、ねえシリウ…っ!…さん。護衛として一緒に来ていただけ…。いや、…来てくれるよね?」
「ええ、仰せのままに」

爽やかぁぁぁぁぁッ!!金髪から完全にオーラ出てる。
眩しい! 少し上向いた口角が眩しいっ!

「……ふむ。王都から派遣された一流の護衛が共におるのであれば、近場の視察程度ならば…」

落ちた!?じいちゃんもイケメンに落ちたの!?
イケメンの威力すごっ!でもよかったぁーこれでハンコからおさらばできる。

「…1時間だけですよ」
「…は、はい」

……

…

…うーん、風が気持ちいい。

で。
なぜかロドも一緒にいる。いやハンコ…!押しておいて欲しい。無理なんだろうけどさ…。

にしても。
やっぱイケメンだよね…。画竜○睛とかリミットブレイク使いそうなビジュアル…。

「…?はい」
「…イ、イヤ、ナンデモナイ、デス」

あー、全然心休まらん。ハンコマシーンよりもこっちの心労で倒れるかもしんない。

「わー!」
「そっちが鬼だよー、わー…!わー…こっちこないでよぉー、もぉー」
「はいタッチ―、次お前が鬼なー」
「いーち、にぃー、さぁーん…」

子供かー。ベスタリムにもいたんだな。…いや当たり前か。
なんか懐かしいなー。私めちゃくちゃ運動神経悪かったからいつもだいたい鬼してたなー、そういや。

「わー!」
「きゃー!」
「…やぁ、待って、こっち来ないでよぉー…!」

バタンっ…!

こけた。
泣くのか泣かないのかという表情をした後、やっぱ泣く。そだよねー、子供ってそうだもんねー。

「大丈夫?マヤ。」

あれ、お母さんかな。

「…えぇーん!」
「あらあら、こんなに膝をすりむいて。痛むよね…?」
「う、うん、…う、うぇーん!」
「大丈夫、大丈夫。大丈夫だから」

そういって母親らしき人はマヤちゃんの膝を布で拭く。

「はい、これで大丈夫。遊んでおいで」
「…う、うん、ぐすん」

…あれ?そか拭くだけなんだ。

……

…

うん。

いや。

すれ違ったおじさん、腕に切り傷
すれ違ったおじさん、今度は足に切り傷。ちょっと化膿
すれ違ったおじさん、顔に擦り傷

……

…

いやケガ多くない?てか肌の色悪すぎない?ゾンビですって言われても、そうなんですね、っていうくらい肌の色が悪い、というか汚れてる?。…そか、傷口の変色が目立ちすぎてるのか。

「ねえ」
「はい」
「この町って……ケガする人、多いの?」
「……多い、とは?」
「いや、なんか……多くない?」
「…そうでしょうか」
「腕に切り傷の有った者3名、足に打撲痕が4名、歩行の動作が崩れている者が2名いましたね」

急にシリウ。
…え、なにそれ。怖い。なんでそんな正確に覚えてるの?

「…いえ、見ていましたので」

いや見ていましたので。じゃないでしょ。見てても普通そんな…、あれ。

「ちょっとそこのお母さん…っ!」

私はマヤちゃんのお母さんと思しき人に話しかける。

「ですからなりません、お嬢様。領主が領民に気軽に話しかけるなど…」
「マヤちゃんの傷って……後からお水で流すんですよね?」
「…え、ええと」
「…申し訳ございません。こちらヴェスタリム領主のノルナ様でございます」
「…領主…様?も、申し訳ございません。そうとは知らず無礼な態度を…」

…あー、でももうすぐ辞める領主なんだけどね。

「い、いえ。娘のケガはあの程度でございますので、特に水で洗うなどはしない…です」
「え…?」

え、しないの?

「は、はい。…あ、あの、もうよろしいでしょうか…?」
「え、なんで?なんで水で洗わないの?」
「…お嬢様。」
「そ、それは、……お水は、飲むものですので」
「……え?」
「傷を洗うために使うようなものでは……。も、申し訳ございません!出すぎたまねを。ど、どうかご容赦ください。そ、それでは失礼いたします!」

……

…

私はその背中を見送った。

「…ロド」
「はい」
「この町って、水…そんなに貴重なの?」
「…飲み水として使う分には問題ございません」
「じゃあなんで傷を洗わないの?」
「水を汲みに行くのにそれなりの時間がかかりますので」

そか。そうだよね。水道とかないんだもん。水を汲みに行ってるんだ。
まー、いうて私はもう領主をやめるからどうでもいいんだけど、でもさ、ここまで衛生管理できてないのはさすがにまずいでしょ。

「毎日?」
「はい」
「一度にたくさん汲むのは?」
「…お嬢様、20分かかる往路です。一度に運べる量には限りがあります」

ふーん、なんか頭の上にオケ置いてる感じのやつか。確かにオケ大きすぎると首折れるよね。
首折れるリスクしょって運んだ貴重な水、傷を洗うのに使えないよね。

「んじゃいっそここに水瓶置いとけばいいじゃん」
「…はい?」
「うん、手洗い用の水。みんながここでできるようにすればいいじゃん。家庭のは飲み水でいいからさ」
「その水は誰がここまで運ぶのですか」
「それはそれを仕事にする人を作ればいいじゃん」
「……、…お嬢様、水を運ぶだけの仕事が成り立つとお思いですか。通常は子供が行っている家事手伝いでございます」
「子供たちみんなに水運びとして働いてもらってお給金を渡す…とか」
「…それでは、財政が。いえ…。しかし…」

「やはり…お給金を渡すというのは、現実的ではございません」
「そっか」

そっか。まーそうだよね。思い付きで言ってただけだからねー。

「ですが…」
「例えば…一箇所に水を集め、皆で使う……」
「なるほど……それならば、方法があるかもしれません」

ロドがなんかごにょごにょ一人顎に手を当ててる。
…また馬鹿にされると思ってたけど、…どしたロドのじいちゃん。

「少しお時間をいただきたく存じます」

…ん。うん。

…!てか、もう後10分もないじゃん。気分転換。気分転換っと。なんか変な虫とかいないかなー。すんごく臭いのとかいないかなー。

ん、え。
え、絵になるぅぅぅ…っ!金髪美青年と夕日。

あれ、夕日って西?東?もうこの人の背景になりたくて太陽も自分の位置決めてる?うん、絶対そうだ。やばい、神々しい…。

……

…

「お嬢様」
「ん、…なにー」

今日も父さんからの手紙は届いてない。
相変わらずシリウは光っている。

「昨日の水の件ですが」
「ああ、うん」

水の件…?なんだっけ。

「一つ、試してみたい案がございます」
「…え、あ、そうなの?」
「水を運ぶ仕事を新たに作るのではなく――」

ああ、あれか。往復20分のオケ、首、筋肉痛の話か。まだロドのじいちゃん考えてたんだ。いつ寝てるんだろ。

「うん」
「住民が交代で水を運ぶ当番制にします」
「うん」
「共同水場を一箇所設け、そこへ必要な分だけ水を運んでもらいます。各家庭がそれぞれ傷を洗うための水を用意するより、負担は少なくなります」
「へー」
「しばらく仮運用を経て本運用へ――」

へー。
それでいけるもんなんだ。ようわからん。…ま、いいや。私は今日も元気にハンコマシーンしますかー…。

……

…

書類。

ハンコ!

次の書類。

ハンコ!

「こちらは税に関する書類でございます」

ハンコ!

「こちらは農作物に関する……」

ハンコ!

「こちらは…」

ハンコ!

「お嬢様」
 
ハンコ!
 
「お嬢様」

ハンコ!
 
「お嬢様。」

ハン…。

「お嬢様、こちらは共同水場設置についての書類です」

ハ…ン…?

「…ん?」

「以前の水の件の書類です」

「え、あの私が言い出したやつ?」

「はい」

「…」

「こちらに」

「………。うん、ハンコ!」

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