辺境領主の看護記録3話

2026/09/24

ラノベ

t f B! P L
 「ヴェスタリムは以前は銀の産出が盛んな鉱山都市であり、現在はおおよそ150人の領民が………」

目つき、アゴヒゲ、目つき。

さっきから私は机に突っ伏した状態でこの執事、ロドの話を聞いている。いや聞いていない。

「続いてこの領主邸の話に移ります。この領主邸には食事番が1名おり………」

机が冷たい。

ロドじいちゃん、申し訳ない。私はもうギブアップです。右から左へ聞き流すとかでなく、もう右から入ってきてない。堅固な右耳ファイアウォールがあなたの言葉を防いでいるのです。
とにかくすぐに父さんに手紙を書いて領主を辞めさせてもらおう、手紙の文面は…、しか考えていない。あ、机がちょっと地肌であったまってきたからほっぺの場所移動しよ。

「次にお嬢様の職務の話を説明させていただきます。お嬢様には領地の管理、税務、住民との折衝、各種書類への署名、公共事業の判断など………」

あれ、ここさっきほっぺ置いてたとこか。んじゃこのへんは…、お、冷たい。

「……、…お嬢様」

「…ん?」

「……、…いえ、なんでもございません。ここまででご質問はございますか」

「…ん、大丈夫」

「…さようでございますか」

…完全にダメなやつだって思ってるよね。うん、私でもそう思うもん。でも道中ウソついたのじいちゃんの方じゃん。ヴェスタリムは自然が多いだの銀山があるだの、散々期待を煽ってきたからじゃんか。…いやまあ確かに?銀山が"あった"、って過去形だったかもしんないけど、んじゃ言うなよって話。
現在進行形で語ってくれないと。困るじゃん。

「この後街の様子などを見に行くのはいかがでしょうか」

「…ん?」

「やはり実際にご覧いただく方がよろしいかと思いましたので」

「…ん、わかった」

いや、なんでそんな目つきなのよ。ウソついたのじいちゃんの方じゃん。
あーもうムカムカしてきた。でも怖すぎるんだよね、眼光。猛禽類の目してやがる。行かなかったから殺されるんじゃないかっていう目してやがる。


「すぅーーーはぁぁぁぁーーー!」

「この通りは以前は商店街として機能しておりました。あちらの店舗は………」

うーん、やっぱり気分転換って大事!ばあちゃんもよく言ってたっけ。とにかく外出て深呼吸してたらなんとかなるって。うーん、でもなんかちょい匂う…気がする。カビ臭い…的な?

でも意外に普通の街だよね。うん、よく見てみたら全然普通の…、

右、キーキー音立ててる看板ぽいなにか

左、デコピンで倒壊しそうなかつて家だったもの

中央、草ぼーぼーのだだっ広い石畳

……


うん、普通じゃないわ。やっぱり。早く父さんに手紙書かないと。帰ったらすぐ書こう。

「こちらも以前は、…、いえ、街で最も大きな商店でした」

ん?ロドのじいちゃんなんか…どうした?歳だから気管にツバでも入ったのかな。まいいや。

とりあえず、めちゃめちゃ感情に訴える手紙の方がいいよね。そうなるとまず冒頭は、拝啓から始めて……、

「おい、聞いたか?」
「聞いたって何を」

あれ、人の声がする。第一領民発見じゃん。

「今度の領主様の話だよ」
「え、領主?また変わったのか?」
「そうなんだよ、なんでも14歳のガキらしくて」
「え、14歳!?ウソだろ」
「いや本当。しかも王都から来たらしい」
「王都から!?わざわざこの町に…?」
「ああ、そうらしい」
「いや、なにやらかしたんだよ、その領主様は」
「わかんないけど捨てられたんじゃないかって話で持ち切りだ。なんたってこのヴェスタリムだからな…」
「なるほどな…、まあすぐ辞めるだろ、これまでの領主もそうだったし」
「だな。にしても14歳の子供がここに送られるなんて…」
「そうだな…、家族に相当疎まれてたのかもな」

ひやっとしたものが私の心臓を一気に掴む。足が動かない。腕が振れない。

……


いや、待って待って待って!私、私だよ?いうて前世29歳で子供演じてるんだから父さん母さんから見てものすごい模範的お嬢様だったはず。だからそんな捨てられるなんてことあるわけ、

……


私がヴェスタリムに派遣される時の晩餐会、父さんは、

……


いなかった。

いや!違う。それはただ忙しかっただけで。その後実際に私がヴェスタリムに出立する際の見送りの際は、

……


いなかった。

……


そうだ、ずっといなかった。

父さんは、ずっと、…いなかった。

……


…え、私、父さんに、捨てられた…の?

だから父さんは一方的に領主になれと告げて、その後一回も私に会いに来てくれなかったの?
……


そかそかー。だからなんだねー。

だからこんな何もない土地の領主にさせられたんだー。いやまじ急に合点言ったというかさぁー…。しかも初老のおじいちゃんも押し付けられちゃってねー。…なるほどー、そっか。そうなんだ…。そっか…。…そっか。そ…っか…。

……


手紙書くとかそういう次元じゃないじゃん。もう。手紙書いてもどうしようもないじゃん。もう終わってるじゃん。私捨てられたんだから。逃げようとしても逃げられないし。マジ終わったじゃん。なにこれ。でもま、そっか。家族からすれば二次小説読んで一人ニヤニヤしてるやつなんてキモかっただけ、か。…そっか。

……



うん。

うん。…んじゃどうするか考えなきゃ。「そっか」じゃない。

まずやっぱり父さんに手紙を書こう。どこまでも謝って、なんなら土下座土下寝はもうやりまくる。とにかく私はFIRE生活がしたい。このままじゃ前世よりもきつい生活が必ず待ってる。それだけは絶対にイヤ。なんのために転生できたのかわからない。

私は自然と早歩きになっていた。思考スピードと共に歩く速度が上がる癖がある。

「…お嬢様」

急に強く肩を掴まれて制止する。ロドだった。

「今まさに試練にある魂にどうかご慈悲を」

ロドがうやうやしく言葉にする。胸元で指を象徴的な形で備えながら。

「…なに?」

「病人でございます」

「…え?」

言われてみると前方に人が集まってきていた。どうやら病人がいるらしい。

そうだった。この世界では病気は神の試練として考えられてるんだよね。昔私が風邪になった時も父さん母さんが神殿に祈りに行ってくれてたっけ。

でも私は父さんに書く手紙の事でいっぱいいっぱいだった。とりあえず形式的に祈りそそくさとその場を後にする。

「…なあ、本当に大丈夫か?だいぶ顔色悪いぞ」
「大丈夫だろ、両親が今神殿に祈りに行っているらしいから」
「ああ、神よこの少年の魂をお救いください…!」

必死に手紙の文面を考えている最中にそういった会話が聞こえてくる。拝啓父さん、だいぶ顔色…、いや違う!私はだいぶイライラして尋ねた。

「ねえ、ロド…!」
「はい、なんでしょうか」
「魔法で一瞬で治す、みたいなことはできないの?」
「…お嬢様、魔法で治せるのは外傷だけ。内に潜む病魔に対して有効なのは祈る事だけです」

またその目。こいつは何も知らないんだと断定した目。いいもん、どうせ何も知らないし。で、領主も辞めてやるし。父さんに直談判して何が何でも王都に戻してもらうんだから!

「はぁはぁ…!」
「ようやっと戻ったか!」
「…はいっ!」
「どうだった?祈祷は効いたか?」
「わかりません…、でもお布施はできる限り行いました」
「なら、大丈夫だな…っ!」
「ああよかった、きっとこれで治るだろう」
「ありがとうございます、ありがとうございます…!」

周囲の喧騒とは無縁に「背景、一雨ごとに暖かさがましていかがお過ごしでしょうか。誠に申し訳ございません。私はお父様の…、」と、私は脳内で手紙を組み立てていた。どこまでも父さんに刺さるようにと考えて。

……瞬間。ふわっとした思考と視線の中、それを一瞬捉える。

病魔に侵された少年の今まさに冷たくなってゆく顔。やせ細った腕。何かを伝えたい乾いた唇。スローモーションのように克明に。

……


「お姉、ちゃん…」

「ピピピピッ………」

医療機器の出す無慈悲なピープ音が鳴り響く。

脈拍が不安定だわ。あなたっ、先生を呼んできて!はやくっ!…くそっ、だめ私が行く!何やってるのあなたっ!?それでも看護師…っ!?突っ立ってるだけなら邪魔なだけよッ!どきなさいッ!

……


はぁはぁ…。荒い呼吸の音だけが私を支配する。

それでも私にはわかる。あの少年が危ない状態にある事。

「これなら治る…?」「これで大丈夫…?」いや違う。周囲の声がグルグル私の周りをまわる。ダメだ!って私だけがそれに反論する。

病名はわからない。
でも、浅い呼吸。乾いた唇。やせ細った手首。

……このままじゃダメだ。

……あの時のように。ダメだ。

足が勝手に動く。

「お嬢様」

駆けつけようとしたもののロドに進路を阻まれる。

「何をしようとするおつもりですか。これは神の試練、また領主が領民の家に軽々しく入るべきではありません」

「…どいてっ!」

「…は?」

「どけっていってるのっ!。邪魔しないで!」

私はロドの脇を抜けて少年の元へ向かう。

「あなたがこの子のお母さんですか?」
「は、はい…」
「昨日からお水は飲めていますか?それからおしっこはできていますか?」
「…な、なぜ?」
「いいから!教えてください。水は飲めていますか、排尿はできていますか」
「…い、いえ、昨日から水は飲んでくれていません。飲ませようとしても吐いてしまって…、それで神殿に…」
「おしっこは!?」
「…い、いえ、それもおとといからないと思います」

水が飲めない、そして排尿がない。
まずい。かなり脱水が進んでる。熱も高い。このままだと本当に命の危険がある。

「スプーンはありますか?」
「…ス、スプーン…?」
「とにかく定期的に水を少量でもいいのでこの子の口に運んでください」
「…わ、わかりました」

「おいおい…、神の試練に対してなんかやってやがるぞ…」
「いやオレ見物のつもりだったけどもう引くわ。こんなんで神殿に目付けられたらたまらないからな…」

「……、お嬢様、何を。これ以上は…」

「うるさい…っ!あなたも手伝って。できるだけ清潔な水を持ってきて。あと同じくできるだけ清潔な布を持ってきて」

「……、…!…いますぐに」

……


そうして。

定期的にスプーンで水を飲ませる。少量なら飲める。なら、その分回数を増やす。とにかく試行し続けて。し続けて。
ロドの用意した布や水で少年の身体を冷やしながら。この夜は更けていった。気づけば少年の硬いベッドの上で私も寝てしまっていた。

……


次の日。

目覚めると昨日の「ゼーハー…」という呼吸ではなくもう少しだけ落ち着いた呼吸をしてくれる少年が硬いベッドの上にいた。

「…はぁ、よかった」

私はそのままベッドに顔をうずめる。

「ああ…!ああ…!よかった…っ!本当に…っ!」と言って泣き崩れる母親。
眠気眼にああ、峠は越えられたんだ…。と私は思う。

「あの…っ!本当に、本当にありがとうございます。あなたのおかげで息子はっ、息子は、試練を乗り越えることができました。本当に、ありがとうございますっ…!」

「…おしっこは?」

「はい、さっきしてくれました。おしっこが大事…なんですよね?」

「ん、そうそう。わかった…」

そうして私はまた硬いベッドにほっぺをうずめて寝ることになった。

……


「…お嬢様」

「…ん?」

「……、…コホン。一度、領主邸に戻りましょうか」

「…ん、そだねー」

私は瞼をこすりながら曖昧に答えた。
なんか微妙に歯切れの悪いロドだったけれど、おじいちゃんだから徹夜しんどかったんだろうなーと思いつつ、とりあえず快方に向かっていってる少年とその家族と別れ私は領主邸に戻った。

……


「…いや、私領主やる気ないから」
「さようでございますか」
「お父様にものっすごいセンチメンタルな手紙書いて速攻王都に戻してもらうから」
「なるほど…」
「もういいじゃん!私に領主なんて無理なの!」
「……」

いや急に黙るなよ。ロドのじいちゃん。目つき怖いし。食べる気…?私を。

「…ですが、ではこの土地はどうなるとお考えでしょうか」
「次の領主が来てなんかいい感じにしてくれるでしょ、たぶん」
「そうですね。新しい領主が来るかもしれません」
「でしょ、んじゃそれでいいじゃん。私より向いてるしょ」
「そうかもしれません」

何が言いたいのこのおじいちゃん。

「…ですが来てくれるとも限りません。そうなれば先日の子供は、その家族はどうなるのでしょうか」
「…いやそんなん知らんし。というかだいたいどの領土でも領主はいるものでしょ。」
「そうですね。ですが、この土地と150人の領民を、次の領主が同じように考えてくれるとは限りません。」

……


…ん?

あれ?

「150人?」
「はい」
「うーん、いうて150人?」
「はい。さようでございますね」

んー、私は急に左手で脳をとんとんしながら話し出す。
アルキメデスのようなヒラメキが私を襲った。

150人…。

そうかこの領土150人しかいないんだ。まさにばあちゃんの島レベルの人口。

ばあちゃんの島はめちゃくちゃのどかだった。ただ起きて自然と共に過ごしてんでご飯食べて、そしてグースカ寝るだけ。ほぼ同じじゃん。

「あれ、ねえロド、ちょっと待って」
「はい」
「もしかしてFIREあり得るんじゃね?」
「…FIRE?というのは…?」

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